「未来予測は可能か?−ペイチェックPAYCHECK -消された記憶- 」
 監督はいつもアクションとSFXだけが空回りする印象のジョン・ウーだし、主演は、アメリカの、ノー天気な運動部系タフガイというイメージの、ベン・アフレック(何でこういう俳優に知的商売の役なんだろうと不思議に思う。こういう人にジャック・ライアン役などやらせるからおかしくなる。が、案外、アメリカでは知的商売にこのタイプが多いのかも知れない)、これに加えて、ヒロインが、キル・ビルの、暴力系東洋趣味的フランス女性の、ユマ・サーマンと来れば、最初から全く期待できない映画なのだが。でも、記憶喪失物のSFとなると目がないので、つい見てしまった。
 主人公の男が、裏の研究開発業で稼ぐプロで、短期間に缶詰状態で、他人の研究をコピー改良して、新製品を作るというのが気に入った。僕なども似たような仕事をして来た訳で、来た見た勝った、お後がよろしいようで、という感じで、頭を売る商売はそれなりに面白い。ただ、この映画の中では、「機密洩を防止のため開発期間の記憶を消される」という条件が付いている点が興味深い。実際の、R&Dの世界では引き受けた仕事で得られた情報やノウハウは貴重だし、結果的には次の仕事にそのまま活かせる(というか、コロコロと横に転がして、加速度的に稼げるものだ)。一応、守秘義務や競合他社の同じ仕事はしないという契約条件はあるが、脳みそに蓄積してしまったものは返せないから。映画の中では、脳の中のシナプスと、これに連動した記憶画像の両方をモニターしながら、外科的にシナプスのノードを切断するやり方と、化学療法を使って、基準点から基準点までの記憶を消す方法の二つが用いられている。もっとも時間軸に沿って、基準点を設定できるとしているのは、まるでWinddowsのメモリーバックアップシステムのようでインチキ臭いが(人間の記憶が時系列に沿ってキチンとセーブされているとは思えない)。
 ストーリーでは、3年掛けて、この主人公が取り組んだ仕事が軍関係のお流れプロジェクトで、未来を眺められるレーザー装置ということになっている。開発は成功裏に終わるが、報酬は支払われず、自分宛に残された私物20点を手がかりに失われた記憶を追い駆けるという話。
 この当初、何だからわからないガラクタの山が、実は、すでに完成したレーザー装置を活用して自分自身で用意したサバイバルアイテムであったということが徐々に分かってくる仕掛けなのだが、段々、ご都合主義が鼻について来る感じで、ジョン・ウー監督らしく、真ん中あたりから単なる空回りアクション映画になってしまい、原作フィリップ・K・ディックの味わいは欠片も残らない。
 基本的に問題なのは、主人公のマイケル・ジェニングスがどうやってサバイバルアイテムを準備したのかという点だ。というのも、たとえば、未来を覗き、そこに見える危機を知り、アイテム1を用意するとしても、実際にはまだアイテムは未来に送られていない訳だから、その次の危機は、アイテム1による最初の危機の突破を前提したものではない、そうすると、間違ったアイテム2を用意してしまうことになる。それとも、最初の危機を知って、そうだ、アイテム1を用意しょうと本人が思った段階で、未来が変わるのかな?そうすると、もう一度、時間軸を遡って、再度、アイテム1で変更された未来を見て、それから次の危機を発見し、アイテム2を考え、そこからまたスイッチバックして、という形になるのだろうか? しかし、そういう複雑なスイッチバックをしている間にも、未来を変更したことが関連する事象に影響を与えるはずだから、結局、ぐちゃぐちゃになるのではないかなあ。まあ、この開発自体が、レーザー装置を利用して事象を追い越して、ぐるっと回って先を見るのだそうだから、未来を変更可能な単線でイメージしていることは間違いない。
 でも、未来予測の難しさは、未来が錯綜する因果関係の網の目みたいになっている点にあるので、こういう設定ではリアリティがなく、やっぱアメリカのノー天気運動部系+暴力系東洋趣味の女性の映画で終わったしまう訳だ。残念。

 
ペイチェック -消された記憶-  PAYCHECK 2003年 アメリカ
監督:ジョン・ウー
出演者:ベン・アフレック 、アーロン エッカート 、ユマ・サーマン 、ポール・ジアマッティ 、コルム・フィオール 、ジョー・モートン 、マイケル・C・ホール


(2005年1月29日 土曜日 雪 5 度)

(2020年7月20日リライト)

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